スタッフ紹介

ダンマ・ディンニャ

青森市のお寺の外孫として生まれる。小さい頃は関東を親の仕事の都合で転々と。内面は外の世界とのギャップを感じながら、外面は優等生として育つ。始めて付き合った6年間一緒にいた彼がある日「死にたい。」と打ち明けてくれる。それから毎日これから死ぬと電話をくれるようになり、そんな彼といろんなセミナーに出る。先生になって「自分にはできない。」と始めての挫折感。毎日通勤電車に飛び込もうか考える。うつ病の診断をもらって先生を休職。日本のNGOを巡る。現NPO法人MAKE THE HEAVENと出会い、先生を退職してカンボジアへ。カンボジアにガルナという妹ができて2年間で11回カンボジアに通い詰める。カンボジアの子どもたちを呼んで1600万円を集めて2回イベントをする。インドを自転車で横断。途中から一人旅。ブッタガヤで出家。「ダンマ・ディンナ」となり、お寺に入って瞑想や托鉢をする。自宅で自力で一人目の子音々を出産。出産の時に感じた「命のすばらしさ」を伝える講演会を始める。一方子育てが上手くいかず自分を責め続け苦しむ毎日。二人目風太を同じく自力出産。風太が1歳半くらいの時から気に入らないことがあると感情のコントロールがうまくいかず、音々と風太を大声でどなりつけたり、手が出してしまうことも。自分の魂を傷つけているような痛みを感じながらも、どうにか脱出する糸口を探す日々。「命のすばらしさ」を分かち合うバースカフェを始める。3人目の花笑を過労により早産。自宅で迎え入れるも2週間後肺炎を起こし、救急車でNICUへ運ばれ花笑は一命を取り留める。4人目の草志を妊娠中、旦那木村剛士の「おなかの赤ちゃんとの対話セラピー」を受けたことを機に、言葉が自分に寄り添うようになり、それから毎日欠かすことなく瞑想を続けるようになる。その道は「自己、他者、世界、全てを赦す道。全てを慶ぶ道。」4人の子どもたちは、私を導くガイド。子育てがうまくいかないこと、子どもに感情をぶつけてしまう苦しさを私に教え、感情を受け入れ、今を慶ぶ瞑想へと導き、毎日様々なことを教えてくれる。子どものつぶやきなど詳しくはこちらから。

本当のこと。 ダンマ・ディンナ(木村里恵)http://ameblo.jp/lovenication/

 

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妊婦さんのためのマタニティキャンプ マタニティアドベンチャー (マタニティキャンプについてのブログ)http://ameblo.jp/maternity-adventure/

 

現在長野市飯綱高原にて「みんなの家」運営中。 長野県戸隠神社奥社前にて「あなたのすばらしさ伝えたい。」というコンセプトで言葉を送らせていただいた数は1万人を軽く超え、講演は累計300回を超える。



木村剛士

東京生まれ横浜育ち。 順風満帆な飲食店の店長時代、バイトの子たち、当時付き合っていた彼女の悩みに対して何の役も立てない自分に無力感を感じ始める。そんなある日、セラピストという職業があることを知り、セラピストになることを決意。2年間、うん百万ものお金をかけて、ヒプノセラピー、NLP、イメージワーク、ブリーフセラピー、キネシオロジーなど様々なセラピーを学ぶ。もっとも尊敬するセラピストに「開業するのはいくらでも遅くて良いんだよ」の言葉に思い切り開き直り、NGOのカンボジア担当、竹炭職人などを経験する。 以前は「成長するために生まれてきた」と思っていたので、自分を追い込むために毎日挑戦を掲げ、3年間休むことなく冬の海に入り禊をするなど挑戦し続ける日々を送る。 しかし、いくら目標を達成しても、いくら成長したと感じても、自己肯定感が上がらないことに疑問をもつ。 そこで毎日、自分を感じ、許し、認め、愛す、という自己マン部を始める。 半年後、自分も世の中も全てが素晴らしく、完璧なことに気づく「プチ悟り」を経験する。

「成長するための人生から」、「自分に還るための人生へと変わり」、 自分であり続けること、 一人でも多くの人が自分に還るためのお手伝いをすることが人生のテーマとなる。